紙ふうせん(デュオ)の今現在や年齢は?結婚のいきさつや子供についても!

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こんにちは。トミーです。
みなさん夏バテしてないですか?わたしは
バテではいませんが、鼻かぜを引いてしまい、ぐじゅぐじゅです。。

さて小さいころはインターネットなんてありませんでした。いろいろな情報は、テレビ、ラジオ、新聞、などですかね。

そんな小さいころの思い出といえば、TBSの伝説的歌番組、「ザ・ベストテン」小学生のころは9時には就寝していたんですが、木曜日だけはちょっぴり夜更かしして見ていました。

「ザ・ベストテン」に出場するアーティストはわたしの中では「とっても売れてる歌手」という位置づけ。ほかの子供たちもそう思ったかも。当時は演歌もけっこうランクインしていました。

そのベストテンに出場した歌手の方は今頃どうしているのか今回は「冬が来る前に」で有名な「紙ふうせん」のデュオを調べてみました。

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紙ふうせんはどんなデュオ?

紙ふうせんは1974年結成の男女2人組のフォークグループなんです。

女性が平山泰代さん男性が後藤悦治郎さん。二人はご夫婦なんです。

二人のプロフィール

平山泰代さん

1947年3月28日生まれ。

広島市出身

高校は兵庫県立尼崎北高等学

大学は武庫川女子大学卒業

後藤悦治郎さん

1946年4月29日生まれ

兵庫県尼崎市生まれ

高校は兵庫県立尼崎北高等学校

大学は京都外国語大学卒業

お二人は高校の同級生だったんですね。
3年生の時は同じクラスでした。学園祭でフォークダンスを二人で踊ったことはあるそうですが交際まではいかなかったようです。大学に入ってから再会したそう。高校生の時からお互いにひそかに思いあっていたのかもしれませんね。でないと大学は別なのにそうそう再会はしないような。。音楽を通しての再会だったかもしれませんが。

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プロポーズのエピソード

ご主人の後藤さんは22歳のとき。王子動物園でデートしてその時にプロポーズ。そのプロポーズというのが、桜か何かの木に登って、『OKしてくれなきゃ、下りないよ』と笑いながら平山さんに告げました。
後藤さんは30分ほど木の上で粘ったのですが、この日は「2人の人生まだ先が見えないのにイエスなんて言えないわ」と平山さんにいなされ、撃沈。「気まずい雰囲気のまま、2人で細い坂道を下っていきました。そこから見えた光景が、強烈に印象に残っています」
結局プロポーズの答えをもらうまでに6年かかりましたが、でもこの時の出来事が「冬が来る前に」の歌詞つくりに生かされました。
http://kei1959.blog43.fc2.com/blog-entry-707.htmlより

6年ですか後藤さんあきらめなくてよかったですね、でも6年あっという間だったかもしれません。

「紙ふうせん」の前身について

もとお二人はは「赤い鳥」というグループのメンバーだったんです。

「赤い鳥」はこの2人と山本俊彦さんと新居潤子さん大川茂さんとの5人編成のグループでした。
「赤い鳥」は基本的には民謡とコーラスものの両方をレパートリーとしていました。後期はロック色の強い楽曲もありました。「赤い鳥」は1969年11月の「第3回ヤマハ・ライトミュージック・コンテスト」で関西、四国代表として出場、グランプリを受賞しました。わたしの記憶するところによればヤマハといえばポㇷ゚コン「ヤマハポピュラーミュージック・コンテスト」なんですよね。
この赤い鳥がグランプリを獲得した「ヤマハ・ライトミュージック・コンテスト」は1967年から1971年まで開催されました。5年で終了したんですね。
ポㇷ゚コンは1969年から1986年まで開催されて、当時はミュージシャンの登竜門なんで言われていました。

「赤い鳥」として有名な曲は「翼をください」学校でよく歌っていました。映画の主題歌にもなっていましたね。

「赤い鳥」は路線対立から1974年に解散します。

解散後は?

後藤悦治郎さんと平山泰代さんは「紙ふうせん」を結成します。

山本俊彦さん新居潤子さん(ボーカル・ギター)、大川茂は「ハイ・ファイ・セット」結成しました。「ハイ・ファイ・セット」は小さいころすごく好きでした。荒井由実、ユーミンの曲をすごく素敵なコーラスで歌ってましたね。

山本俊彦さんと新居潤子さんは1973年4月に結婚。以後山本潤子として活動されています。

紙ふうせんの活動は?

後藤悦治郎さんと平山泰代さんは1974年に「赤い鳥」の解散直前にご結婚。解散後すぐに「紙ふうせん」を結成します。

「冬が来る前に」が大ヒット

「紙ふうせん」の代表曲の「冬が来る前に」は1976年に発表。ご主人の後藤さんが作詞を担当しています。

サビ部分「冬が来る前にもう一度あの人と巡り合いたい」という部分は今でもすぐに歌えます。別れた恋人のことを忘れられない思いと歌った切ない歌でお二人のハーモニーが美しかったです。

この曲の大ヒットでオリコンチャート4位まで上昇します。そして「ザ・ベストテン」にも出演していたんですね。

この「冬は来る前に」はその後中森明菜さんもカバー。松浦亜弥さんと中澤裕子さんはハロープロジェクトのアルバム「FOLK SONGS 2」でこの曲を歌っています。また「翼をください」は声優の林原めぐみさんが劇中歌として。徳永英明さん平原綾香さんもカバーしています。
このヒット曲も、もう40年たつんですね。時のたつのが早いです!!

現在のおふたりは?

関西を中心として今でも二人でグループとして地道な活動を続けていらっしゃいます。フォークの原点を探るため、民謡等各地の伝承歌の取材を続けています。

そのほかの曲として、「翼をください」、「竹田の子守唄」、「赤い花白い花」、「いかつり唄」、「霧にぬれても」などの曲があります。「朝(あした)の空」は、1979年にスタートした朝日放送テレビの情報番組『おはよう朝日です』の主題歌として15年にわたって使用されました。
2004年にはNHK教育テレビの『趣味悠々〜紙ふうせんのあの素晴らしいフォークをもう一度』の講師として出演されました。

ライブ活動について

「紙ふうせん」のお二人はイベントへの」出演のほかに「紙ふうせんコンサートなつかしい未来」を開催。
2017年のライブは11月26日に開催予定。
場所は兵庫県立芸術文化センターです。

http://orange.zero.jp/kamifusen/concerts/2017/2017_concert.html

ご主人の後藤悦治郎さんは大の阪神ファンだそうです。そしてそば通としても有名です。自分でそば打ちもするのか。。わたしもうどんのもそばも関西の方が好きですね。ダシが薄くて美味しいです。

「紙ふうせん」のお二人も70歳を超えてますがお元気そうです。毎年コンサートを開催していえるもの健康を保つ秘訣かな。「冬が来る前に」のハーモニーをいつまでも聞かせてほしいと思います。

お子さんについて

お子さんいついては情報が得られず、わかりませんでした。いらっしゃるんじゃないかと思うんですが、またわかれば追記したいと思います。

今日も最後まで読んでいただいてありがとうごいました。

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